ダークモード
医学モデルと社会モデル
障害を「個人の心身の問題」と見るか「社会の側の障壁」と見るか——この視点の違いは、アセスメントで何を情報収集し、計画で何に働きかけるかを根本から規定する。両モデルの考え方と歴史、そして現在の国際標準である統合(相互作用)モデルまでを整理する。
2つのモデルの考え方
| 観点 | 医学モデル(個人モデル) | 社会モデル |
|---|---|---|
| 障害の所在 | 個人の心身の機能・構造の問題 | 社会の側の障壁(バリア) |
| 「障害」の意味 | 疾患・外傷等の結果としての個人の属性 | 機能障害のある人と環境との相互作用で生じる不利 |
| 問題の責任 | 個人(と家族)が治療・克服すべきもの | 障壁を放置してきた社会が除去すべきもの |
| 解決のアプローチ | 治療・訓練・リハビリで個人を変える | 環境・制度・意識を変えて障壁を除去する |
| 支援の主眼 | 機能回復・能力向上 | 参加の保障・合理的配慮・権利擁護 |
| 専門家の位置 | 専門家が診断し処遇を決める | 本人が主体。専門家は障壁除去の協働者 |
- 医学モデルは「障害=その人の中にある欠損」と捉えるため、社会モデルの側からは「個人モデル」と呼んで批判される。治療・リハビリ自体が悪いのではなく、「障害の問題はすべて個人の側にあり、個人が変わらなければ参加できない」とする枠組みが問題とされた。
- 社会モデルの古典的な説明では、**インペアメント(機能障害。心身の機能・構造の制約)とディスアビリティ(社会が障壁によって課している不利・活動の制限)**を区別する。「歩けないこと」がインペアメント、「段差とエレベーターの不在で建物に入れないこと」がディスアビリティであり、後者は社会が変われば解消できる。
歴史的背景 — 当事者運動から生まれたモデル
社会モデルは学説として机上で生まれたのではなく、障害当事者の運動から生まれた。
- 1960〜70年代・米国の自立生活運動(IL運動): 重度障害のある学生たちが「施設や親元ではなく地域で、自分の生活を自分で決める」ことを求めた運動。「自立」の意味を「身辺自立・経済的自立」から**「支援を使いながら自己決定する生活」**へ転換させ、当事者が運営する自立生活センター(CIL)を生んだ。
- 1970年代・英国: 障害者団体UPIASが「障害(disability)とは、機能障害のある人を社会が排除することで生じる不利である」と宣言し、これを基盤に社会モデルの理論化が進んだ。
- 日本では、1970年代の青い芝の会などの当事者運動が施設収容・親の庇護を前提とした障害者観を批判し、その後の自立生活運動・権利擁護運動につながった。
- こうした流れの到達点が障害者権利条約の 「私たちのことを私たち抜きに決めないで(Nothing About Us Without Us)」 である。
両モデルの統合 — ICFの相互作用モデル
どちらか一方だけでは実際の生活は説明できない。機能障害の存在を無視すれば必要な医療・リハビリから遠ざかり、環境の障壁を無視すれば「本人の努力不足」に問題がすり替わる。
- WHOのICF(2001年)は、生活機能(心身機能・活動・参加)を健康状態と環境因子・個人因子の相互作用で捉える枠組みを採り、医学モデルと社会モデルの統合を明示的に意図している。
- 障害者権利条約も前文で、障害が機能障害のある人と態度・環境の障壁との相互作用によって生じることを確認しており、国際標準は相互作用モデルで一致している。
詳細: ICF(国際生活機能分類)
日本の法制度への反映
| 法律 | 社会モデルの反映 |
|---|---|
| 障害者基本法(2011年改正) | 障害者の定義に「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活・社会生活に相当な制限を受ける状態」と明記。「社会的障壁」(事物・制度・慣行・観念)の定義も置かれた |
| 障害者差別解消法(2013年制定) | 不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供を義務化。障壁の除去を社会の側の義務とする社会モデルの具体化 |
| 障害者権利条約(2014年批准) | 上記の国内法整備を経て批准。条約全体が社会モデル・人権モデルに立つ |
差別解消法と合理的配慮の実務は 障害者差別解消法と合理的配慮 を参照。
実務での使い方 — 言葉遣いとアセスメント
- アセスメントの点検: 「できないこと」の列挙は医学モデルに偏った情報収集になりやすい。「何が障壁になって参加できていないか」「環境の何が変われば可能になるか」を必ず併記する。ICFの環境因子の項目が抜け漏れチェックに使える。
- 計画の選択肢: 目標に対する手立てを「本人を変える支援(訓練・リハビリ)」と「環境を変える支援(福祉用具・住環境・人的支援・合理的配慮の調整・制度活用)」の2列で発想する。前者しか並ばない計画は医学モデルに偏っているサイン。
- 言葉遣い: 「〜が問題行動」「〜ができない人」という記述は、障害を本人の属性として固定する。「〜の場面で・〜という環境条件のもとで困難が生じる」と状況・環境とセットで記述すると、支援の手がかりも記録に残る。
- 本人・家族への説明: 「障害があるから仕方ない」と本人・家族が内面化している場面で、社会モデルの視点(環境を変える方法がある、配慮を求めるのは権利である)を伝えること自体がエンパワメントになる。
「どちらのモデルで見ているか」を自問する
会議で「本人がもっと頑張れば」「受け入れ先がないから無理」という話に流れたとき、「いま医学モデルだけで話していないか」「変えられる環境はないか」と問い直すのが相談支援専門員の役割。モデルは学説ではなく、日々の判断の道具である。
相談支援専門員の視点
- 支援現場は訓練・プログラムなど「本人を変える」手段が豊富で、環境を変える支援(調整・交渉・権利擁護)は意識しないと計画から抜ける。環境への働きかけこそ相談支援の固有性と捉える。
- 社会モデルは「リハビリ不要論」ではない。本人が望む機能回復・能力向上の支援は当然に計画へ載せる。問題は、参加できない理由をすべて本人の側に帰属させる思考の癖である。
- 合理的配慮の調整(学校・職場・事業所との交渉)は社会モデルの実践そのもの。本人が配慮を求めることをためらう場合、その背景(過去の拒否体験・スティグマ)まで含めてアセスメントする。
関連ページ
制度・法令の確認
法制度に関する記載は執筆時点の概要である。制度内容は改正されることがあるため、最新の法令・告示・自治体資料で確認すること。